Section16 クリスマス直前 IN 渋谷



十二月二十日(日)

 パーティの準備が着々と進行する中、町の様子がどうなっているか、気になってきた。そこで、ユキエと表参道までドライブがてら見に行くことにした。
「ヒロキ、オーブンレンジ持っていくから、車から出す時、手伝ってくれない?」
「オッケー、じゃ、家の前に着いたら、クラクション鳴らして教えて。うん、じゃあね。」
 約二十分後、ユキエがオーブンレンジを乗せてやってきた。
「本当に買ったんだ。すごいね、ユキエ。」
「感心していないで、出すの手伝ってよ、ヒロキ。」
「ほい、ほい。」
 台所にレンジをしまうと、ユキエの車に乗り込み、表参道に向かって出発した。国道二十号から、246に入り、明治通りに差し掛かると、目の前は、眩いほどに輝くイルミネーションが、俺達を迎えてくれた。
「うわー、見て。ヒロキ、キレー。」
「本当。すげー。」明治通りの両脇に立ち並ぶ木々には、名万という電球が施され、見事なイルミネーションが広がっていた。渋谷駅東口から、井の頭通り、宮下公園を通り、ラフォーレ原宿付近まで来ると、
「ヒロキ、この辺に車停めて、歩いて見ましょ。」
「えっ、こんな所に車停めていいの?」
「大丈夫よ。皆、その辺にいっぱい、停めてあるでしょ。」
 再び、渋谷駅の方に歩いていくことにした。若者の街、渋谷だけあって、どこを見ても若いカップルだらけだ。もう、クリスマスがやってきたのではないかと思えるほどの盛況振りだ。今までのヒロキなら、幸せそうに歩くカップルに対し、肩身が狭かった。挙句に愚痴ってしまう始末だ。しかし、今は、ユキエという自慢の彼女がいる。その事実が、なんと心強く、支えとなることか計り知れなかった。
「ユキエ、あれ、見て。2階建てバスに、全員、サンタが乗っている。俺達も、乗りたいなあ。」
「そうね、でも、ゆっくり二人で歩くのもいいんじゃない。」ユキエが、腕に、ぎゅっとしがみつく。
 宮下公園まで戻って来ると、少し、歩き疲れてきた。
「ユキエ、公園に寄って、少し休まない?」
「ヒロキ、ここ、少し、ヤバイ所なんだよ。今、暗いし。」
 "ヤバイ!?"って、どういう意味だ。暗くて、静かで、二人きりになれば、いい雰囲気じゃないか。とは、言うものの、自分よりはるかに東京を熟知しているユキエの意見だ。尊重せねば、と思い直した。
「分ったよ。じゃ、引き返そうか。」
 だが、振り返った二人を待っていたもの。明らかに、その筋の男性、3人組。あまりの衝動で、声を上げることさえ出来なかった。怪しげな足音と共に、確実にこちらに近づいてくる。すかさず、ユキエの手を取り、逃げるように前進する。しかし、このままでは、人気のない公園に入り、ますます、危険な状態になる。このまま、身ぐるみ剥がされて、ボコボコに殴られた挙句、センター街のど真ん中にでも捨てられてしまうのだろうか。そういえば、大学の友達も、この間、被害に遭ったばかりだ。冷や汗が、頬を伝わる。
 この土壇場でヒロキの執った行動。一八〇度反転。これには、ヤッチャン達も驚いた様子。堂々と、ユキエの手を引き、すれ違っていく。このとき、真ん中の親分らしき人物が、「チッ!」と舌打ちした。獲物を取り逃がしたからであろうか。ユキエの手を取り、そそくさとその場を後にした。
「ほら、言ったじゃなーい!もう、恐かったー。」
「大丈夫だって。もし、あのまま絡んできたら、ビシッと、こう、言ってやったぜ。おい、手前等、誰に絡んでんのか、分っているのか。こう見えても俺は、卓球部だったんだぜ、ってな。」
「うふふふふ…。それじゃ、ご飯食べに行こうか。」
「真面目に聞いてる?ユキエ、どっか、連れて行ってくれよ。俺、ラーメンなんか、食べたいな。」
 再び、車に乗り込み、原宿を出る。窓の外から通行人に運転しているユキエ、助手席のヒロキが丸見えで、毎度のことだが、早く免許を取らなければと痛感される。
港区青山に入ると、どこもかしこも、高級レストランばかりだ。とても、庶民が入れるレベルじゃない。
「あっ、ヒロキ。ラーメン屋あったよ。」車を停め、店に近づくと店の中に、見覚えのある人物がいた。さらに、近づいて見ると、なんと、その人物は、あの、知る人ぞ知る、周富徳さんだ。
「すげー、初めて見た。ユキエ、とりあえず、周さんの写真だけ撮って、別の所、行こうぜ。多分、ここは、俺達の入れる所じゃない。」
「そうね。あっ、このビルの中にレストランあるよ。ここ、入る?」
「おおー、本当だ。そうしよっか。」
 薄暗く、クラシックな雰囲気のレストランバーで、ユキエと夕食を摂ることにした。
「ほら、ヒロキ。シャンパンの乾杯の練習しよ。いい?」
「オッケー。では、乾杯。」
 カチン。
「駄目〜、やり直し。」
「もう少し、力抜かないとね。行くよ。」
 チーン。
「今のいいんじゃない。ほら、もう一回。」
「また!?いくよ。」
 チーン。
「完璧ね。後は、本番にしよ。」
「そうだね。」
 食後、ライトアップされた東京タワーを見に行く。タワーの前には、巨大なクリスマスツリーが威風堂々と飾ってあった。周りに誰もいないのを確認すると、ツリーの前で、ユキエとキスを交わす。
 クリスマスイヴまで、あと、4日。


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