Section8 ヒロキとユキエ 後編



10月25日(日)

 午後2時、大学の友人からもらった映画「モンタナの風に抱かれて」のペアチケットを持って、ユキエと新宿は、文化シネマで待ち合わせた。
「ジュース買っていこう。お茶でいい?ヒロキ。」
「うん、いいよ。」
 ユキエが手にしていたのは、ロングサイズ一つだけで、ストローが2つ、差し込まれていた。この前のスモールサイズ2つよりは、親近感がぐっとある。ジュースに限らず、二つの物を買うより一つのものを共有して買う方が、お互いを引き付けている様な観がある。ヒロキは、素直に嬉しかった。館内は、休日ということもあり、かなり混み合っていたが、上手い具合に後方座席が2つ空いていた。
「ユキエ、ほら、あそこ空いているよ。」いつの間にか、お互いを名前で呼ぶことが自然になっていた。中央の方へ、座っている人の邪魔にならぬよう、ユキエの手を引いて、入り込む。
「また、良い席が空いていて、ラッキーだったね。ヒロキ。」
「だね。あっ、俺、なんだかトイレ行きたくなっちゃった。ユキエ、お茶、持っててくれる。」
「分った!」
また、座っている人たちの前を通り過ぎていく。何度も、申し訳ない。スッキリして、戻って来ると、また、座っている人たちが、一斉に椅子を引いてくれた。本当に何度も申し訳ない。中央の座席は、見え易いようで、こんな場合は、意外と不便である。
 開幕のブザーと共に、映画「モンタナの風に抱かれて」が始まった。馬の躍動感、人間愛がとても、印象的な映画だった。普段なら、本編が終わると、すぐ退席するヒロキだが、ユキエと館内が明るくなるまで席を放れなかった。
「私、こういうの最後まで見ないと気が済まないの。」
「今日は、泣かなかったね?」
「うん、最初ね、お馬さんが事故に遭ったでしょ。その時、少し、涙出そうになっちゃった。」映画館を出ると、もう、日は随分、傾いていた。
「ヒロキ、これから、どうする?」
「この前、買った東京ウォーカーにさ、寿司食べ放題の店見つけたから、そこ、行こうか。」
「ワ!私、お寿司、大好き。ね、行こ!行こ!」
 ユキエは早くと言わんばかりに組んだ腕をグイグイ引っ張った。アルタスタジオ横にある寿司屋に入る。アルタスタジオ前は、待ち合わせの名所だけあって、多くの人で込み合っていた。
「こっち、こっち、ユキエ。」
「うん。」
 店内に入ると、大勢のお客でにぎわっていた。
「ご注文は?」時間省略。バイキングは制限時間内に少しでも多く食べるが勝ちだ。
「上から順に、どんどん握ってください。」
「私、サーモンが一番好き!」
「あっ、そう?じゃ、もう3つぐらいサーモン注文しようか。」
「そうだね、ヒロキは、好きなネタないの?一緒に注文しよ。」
「じゃ、俺は、カンパチもう二つ。なんせ、大学行く時、偶に通るしね。」ヒロキが、ボケると、
「それは、環八でしょ。」ユキエが肩に、突っ込みを入れる。
 二人合わせて、60巻ほど食べあげた。東京は、何でも高いと思っていたが、いかんせん安かった。ヒロキは、二人分の料金を財布からとりだした。誘ったのも自分からだし、やはり、最初の内は自分が払うべきだと思った。だが、
「ヒロキ、はい、半額。」ユキエは、半額分のお金をヒロキの手に渡した。
「えっ、いいよ、いいよ。その代わり、ユキエ、今度、食事行った時は、悪いんだけれどお金出してくれるかな?」
「うん、いいよ。今日は、ご馳走様。」
 何と、いとも簡単に次ぎに会う約束までしてしまった。料金交代払いは、思わぬ効用を発揮してくれた。
「これから、ボーリングでもしない?」
「おっ、今日は、気合入っているな〜。どうしたの?」笑いながら、ユキエが冷やかす。
「ふふ、まぁね。」東京ウォーカーでチェック済みのボーリング場へとユキエの手を取り、大勢の人が行き交う夜の新宿の街をリードする。いつもは、うっとうしいとも思える人の多さも、今は、ユキエとのデートを盛り上げてくれる演出にさえ感じた。靖国通りを抜けた所に、予定のボーリング場を発見した。
「ユキエは、靴、何センチがいい?」
「私、23。」
「じゃあ、俺は26と。」
「ヒロキ、はい、靴代。」
「おっす。」ユキエは、先ほどのやりとりをしっかりと覚えていた。そして、ユキエと来る初のビーリングが開始された。
「ヒロキ、頑張れ!」ユキエの後押しもあるし、格好の良いところ見せてやる。果たして、一投目は、本人の予想を覆すストライクだ。
「イエーイ!」ユキエとお馴染みのハイタッチ。だが、喜びも束の間。それは、練習球であり、得点に換算されなかった。
「あ〜、残念だったね、ヒロキ。でも、うまい、うまい。」余裕のコメント通りユキエは、とても上手だった。2ゲームやって、総合スコアで、ユキエに完敗。ジュースをおごる羽目になった。
「ありがと。でも、ヒロキ、もう少し、練習した方がいいんじゃない?」
「ユキエが上手いんだよ。アベレージ百三十超えてるんだぜ。」
「勝負の世界は、厳しいのよ。」
そう言いながら、ご馳走様と言わんばかりにジュースを俺の手から持っていった。
「次は、容赦しないよ。」
「あれ、容赦しているようには見えなかったけど?ヒロキクン?」
「脳ある鷹は、爪を隠すんだよ。」
「隠したままで、出さないのが悪いのよ。」
「はい、俺の負け。」
つらい別れの時間がやってきた。帰りは、また、小田急線。ユキエは、京王線だ。新宿駅までやってくると、
「大学にチャリ、停めてあるんだ。また、一緒に遊びに行こうね。」
「うん、ヒロキ、講義のないとき、連絡して。」
「分かった。おやすみ。」
「バイバイ。」
ユキエは、相変わらず、笑顔を絶やさず手を振ってくれた。そうさ、またすぐ会えるさ、ヒロキは自分を励ました。


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