Section6 彼女を映画に誘ったら



 二人で、京王線は新宿駅へと向かう。予め、購入しておいた、映画「ディープ インパクト」のペアチケットを新宿ミラノ座の窓口で渡すと、前のエンディングが流れている最中、館内へと入る。そういえば、ペアチケットを購入するのも、ヒロキにとっては初めての体験だ。
映画館では、できるだけ後部座席の方が、上を見上げなくて済む分、楽で良い。館内が、明るくなるのと同時に、客が総入れ替えする。早くから、良い席をマークし、危な気なく落ち着く。丁度、通路側の端の二席。
「間に合って、良かったね。」
「そうね、良い席も取れたし、あっ、私、何か飲み物買って来るね。小林君は、どんなのがいい?」
「俺、炭酸じゃないヤツなら、何でもいいよ。」
「そう、解った。ちょっと、待っていてね。」
いい雰囲気じゃないか。これで、映画が面白ければ、もう、言うことなしだ。
「お待たせ〜。はい、小林君。オレンジジュースで良かった?あとね、ポップコーンも買っちゃった。」
「おお、ありがとう。」
彼女からポップコーンの入った包みを受け取ると、間もなく、映画『ディープ・インパクト』が開演した。映画の途中は、どんな面白く、また、興味深いシーンでも、そのときに話せないのは残念である。特に、製作者のカラクリに気付いた瞬間は、彼女に話したくてたまらなかった。ああ、さっきのシーンは、今のシーンを演出するための布石だったんだね、と雄弁に語ることもできない。
クライマックスというところで、清水さんの行動に異変が起きた。少し、うつむいたかと思うと、腕で、顔をぬぐっている様子だ。一体、どうしたのだろう?映画も終り、彼女に聞いてみる。
「最後の方、どうしたの?」
「涙、出ちゃった。駄目なの、私。ああいう映画。」
 なんて、繊細な心の持ち主なのだろう。彼女の新しい一面を見ることができ、感動した。勿論、ディープ・インパクトも感動したが。
その後、再び、部屋に帰り、清水さんと今日一日を振り返って、色々話し合った。気が付くと、時計の針は、午後十一時を廻っていた。
「私、そろそろ、帰らなくちゃ。」話が弾んで、時が過ぎるのが、あまりにも早く感じた。だが、ここで、あることに気が付いた。彼女は、今日、ここまで、自転車で来ている事に。いくら、歳上とは言え女性一人で遠路自転車で帰すわけにはいきますまい。
「清水さん、今日、チャリなんだよね。俺、近くまで送っていくよ。」
「本当!ありがとう。」彼女の住所も要チェックだ。とは言え、彼女の家は、今まで、あまり足を踏み入れたことのない杉並区。その上、杉並区は住宅が密集していて、まるで、巨大迷路のような街だ。送るのも良いが、自分が、帰れるだろうか?いや、いいじゃないか、清水さんさえ、無事に帰宅できれば。
 涼しい夜風を切りながら、家路の旅が始まった。
「バイクだと、全然平気なんだけれど、自転車だと前からすれ違ってくる人がとっても恐いの。特に、暗くなったらね。」
「確かにネ。東京は、変な人も多いって聞くし。でも、安心して。俺が付いているから。」思い切り強がって見せたが、それは、功を奏したらしい。
「ありがとう。頼りにしているわ。」まさしく彼女の騎士。ヒロキの鼻息が荒れる。絶対、無事に家までお送りするよ。約三十分後、彼女の家の前まで到着した。
「本当、ありがとう。小林君。今日は、とっても、楽しかったわ。帰り、気をつけてね。」
「うん、俺も楽しかったよ。またね、おやすみ。」
 彼女は、最後まで、笑顔で手を振ってくれた。
「さあ、ここからが、正念場。頑張って、家に帰るぞ!来た道をたどるだけだ。」
家にたどり着いたのは、彼女の家を出て、わずか二十分。危機感が、時に、修羅場を制す。今日も、一日、とても、楽しかった。念のため、彼女に連絡を入れる。
「清水さん、今、家着いた。」
「本当。すごく早かったね。今日は楽しかったわ。おやすみなさい、小林君。」
「俺も、楽しかった。また、二人でどこか行こうね、おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
 無事、任務を遂行したヒロキは、次にユキエに会うことを想像しながら床に就いた。


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